ひとり親セイカツ。

モラハラ夫・義理親との完全同居・別居生活を経て調停により離婚成立!

義理親との完全同居にはご注意を!地獄の結婚生活。別居までの経緯。

結婚をしてすぐに義理親と完全同居。

27歳で結婚、出産。

そして

元夫の両親と完全同居生活開始。

 

と、いうのは元夫が独身時代、親が60歳を過ぎていて家のローンを組めないから元夫が名義を貸した形で家を建てたのです。

築年数は5年少々。

間取りは、4LDK義両親と元夫の大人3人が住むには十分の広さの家でした。

義両親は70代後半。私は実家でおばあさんと一緒に生活していたこともあったので、年寄りと住むことにそれほど抵抗もなく感じていました。結婚前に何度が元夫の家に遊びに行った時も

 

「おとなしい両親だからうまくいきそう。」

と思っていました。

ところが生活となると、やっぱり違うんですよね。

生まれ育った環境・境遇が違う人たちと住むのですから、だんだんと歪みが生まれてきてしまったのです。

 

恐ろしい義両親の過干渉

エピソード1

とある日のこと、子どもと家の前で遊んでいると何だか視線を感じたのです。

窓の方に顔を向けるとジーっとこちらを義父が眺めていました。

孫かわいさに、遊んでいる姿を見るのは良いですが、目があった途端あからさまに姿を消したのです。

 

義父だけでなく義母も同じようなことをしょっちゅうしていました。

リアル「家政婦は見た」状態でした。

監視される生活はとても息苦しく、理由をつけては家にいる時間が少なくなりました。

エピソード2

元夫が友達と飲みに出かけたときがありました。帰宅時間は深夜になることを事前に私に話してあり、帰るときには携帯に連絡するということになっていました。

子どもが寝た後リビングに行くと、義母がうたた寝をしていたので、早く寝るように話をしたら

 

「〇〇くん(元夫の名前)が帰ってくるまで起きてるから。前なんて、玄関で寝ちゃったから・・・。」

 

その時点で何時に帰ってくるか分からなかったので

 

「携帯に連絡が入ったら私が起きてくるから大丈夫だよ。」

 

と何度も何度も言ったにも関わらず、元夫が帰ってくるまで起きて待ってました。

時間は深夜2時を回っていました。そんな出来事は毎回続きました。

 

義母は老年性の不眠なのかなかなか寝付けないらしく、いつも深夜1時頃に寝ていました。義父は夜9時に寝て朝方3時に起きるという生活でした。

完全に生活サイクルが違うゆえに、24時間警備監視体制抜群の環境で心が休まる場所はありませんでした。

 

エピソード3

元夫が体調が悪く会社を休むことになった日のこと、

義父が「〇〇くん休むって会社に電話を入れておいてあげてください。」

私に依頼してきました。

 

ハーーーッア!?(怒)

 

「小学生じゃあるまいし、本人が電話するべきでしょう。重病だったら別だけど、元夫が会社で笑いものにされるわ!!」

 

そう義父に言いました。

義父は「そうですかねえ。(ニヤリ)」と言って、息子が心配なのかソワソワしていました。義父もサラリーマンだったはずなのに、よくもそんな小学生の子どもに対して言うような言葉を言えるなと価値観の違いというか、幼児扱いをいつまでもしていることに気持ちが悪くなりました。

 

他にもいろんなエピソードがありました。ほんとに序の口レベルの話ですがご紹介させていただきました。 

 

悲劇のはじまり

子どもが生まれて半年後、元夫は仕事中にケガをしてしまいました。

結果、約5年間仕事復帰できず自宅で療養生活を送ることになりました。

(※ケガということですが、詳細の症状は伏せさせていただきます。)

 

ストレス発散という名目で、元夫はオンラインゲーム漬けになってしまいました。

 

時間を決めてゲームをやるという約束ではじめたはずなのに、ゲームの楽しさに飲めり込んでいき、昼夜逆転の生活をはじめました。

 

オンラインゲームというものを私は知らなかったので、趣味程度でゲームをすることを認めていましたが、チャットやイベント、ゲーム内の仲間たちと集まって敵を倒すとかリアルな世界よりも、オンラインゲームの世界が元夫の中で1番になってしまっていきました。

 

子育て中で専業主婦として家にいた私。

ケガの治療のため仕事には行けずゲームばかりしている元夫。

子どもと遊ばず、ゲームの世界の人たちばかり交流する元夫。

ALSOKばりの監視体制で過干渉の義両親。

 

毎日実家の母親に泣きながら電話をしていた日々。苛立ちから動悸が止まらなくなったり、涙もろくなったり、何のために結婚したのかワケが分からなくなっていきました。

 

同居解消のために仕事をはじめた

 

私は1歳になった子どもを保育園に預け、義理親との同居生活を早く解消したいという気持ちと家計の足しになればと仕事をはじめました。

元夫も親と一緒に住んでいるから甘えがあるから、いつまでも自立ができないのだと思っていました。

 

仕事から帰ると、子どもの面倒をみているのは義両親たち。

夫はというと、ゲームの仲間と約束しているからとそそくさと自分の部屋に戻りコントローラーとキーボードを片手に「おかえり」と私に声をかえることが度々ありました。

 

なんのために私は仕事をしているんだ・・・

こんな生活一生死ぬまで続けるのか・・・

しかも親は高齢だし介護要員になってしまうのか・・・

 

いろんな気持ちがグルグルと駆け巡っていました。

 

義理親との同居のストレス。仕事に行けずゲーム依存の夫。喧嘩が絶えなくなり私の精神状態はグチャグチャになっていました。

 

結婚ってなんなんだろう・・・

結婚すれば「しあわせ」になるんだ!

と夢をみていた・・・らしい・・・。

 

・お互いを労わり合う気持ち

・健全な家族関係

・経済的、精神的自立

・良い意味で気を遣いあう

 

これがなければ夫婦どちらか一方は不満を溜めることになります。

子どもが生まれれば

夫は変わってくれるなんて大間違いでした。

 

根本的に人は

よっぽど本人が変わろうと自覚したときではないと変われないと思います。

何事も自分で体験しないと

結婚についての現実を心から分かることはありません。

 

「しあわせ」とは何なのか・・・

夫と別居して3年が経った今も

毎日毎日考えています。

 

人それぞれ「しあわせ」についての価値観がありますが

これからの人生、自分なりに考え、模索し、

自分の死ぬ瞬間

 

あ~、しあわせな一生だった。 

 

と思える人生を過ごしていきたいと

考えるようになりました。

 

「夫と義理親たちと、これ以上一緒に居たら自分はこころが死んでしまう。」と一緒に生活していた2年半の間、こころがずっと叫んでいました。

 

家を出る

年末年始で実家に帰省するタイミングで、結果的に別居生活がはじまりました。

仕事を持っていたので、別居生活を送るとなると通勤距離があったので通うことができなくなるし、保育園はどうしよう・・・といろいろ悩んでいました。

 

そこで母親に

「んなもん会社なんて辞めちゃえばいい。代わりはいくらでもいるから。あんたが鬱になったら子育てなんかできないでしょう。」

と言われ、すべてのことに腹が決まりました。

 

年明け早々、会社の上司に事情を話し辞める手続きをしてきました。

保育園にも退園することを話し、しばらく実家に身を寄せることになりました。

 

会社には突然辞めるようになってしまい迷惑を掛けてしまいましたが、心から話したことで誠意が伝わったようで納得してもらえました。

保育園は、子どもが楽しく慣れてはじめたころだったので親の都合で振り回してしまったことにすごく胸を痛めました。申し訳ない気持ちと家には帰れない帰りたくない気持ちでぐちゃぐちゃでした。